
星の光を追いかけたあとの、少しだけ静かな時間に。
雨の気配がまどろみを連れてくる夜、雲の海では、空をゆったりと泳ぐ幻獣たちが、1日を終えたあなたをそっと見守っています。
その名は、ネムリュカ。
雨の日の空をゆっくりと降りてくる、まどろみの空イルカ。
「きょうはちょっと疲れたな」と感じる夜に出会えるかもしれない、そんな空棲幻獣《ネムリュカ》の物語をお届けします。
ネムリュカ|基本記録

◆ 名称:ネムリュカ(Nemuryuka)
◆ 分類:空棲幻獣(くうせいげんじゅう)/微睡み属
◆ 別名:まどろみの空イルカ
◆ 生息地:雨雲のすぐ上/晴れ間がのぞいた雲のすき間にある育成域「ネムリュリウム」他
◆ 体長:約4メートル(成体)/約1.2メートル(幼体)
◆ 質感:もこもことした水綿繊維のような身体。雨粒に触れると、一瞬だけ虹色に発光する。
◆ 性格:ふだんはおだやかな単独行動派だが、子育て期には仲間と寄りそい合う、やさしい性質。
◆ キーワード:雨/眠り/彩雲/子育て
◆ 危険度:★☆☆☆☆(人間に害を与えることはなく、静かに見守るだけの存在)
◆ 相性のよい人:雨の日に少し気分が沈みやすい人/眠る前にいろいろ考えすぎてしまう人
ネムリュカの姿と生態
雲でできた、やわらかな空イルカ
ネムリュカの身体は、雨雲からすくい取った綿をそのまま形にしたような、ふわふわともこもこが混ざり合った、不思議な質感をしています。
成体の身体は、しっとりとした雨雲色。
そのすぐ後ろには、ほんのり桃色を帯びた小さな子イルカたちが、列になって続きます。
雲をくぐるたび、からだの表面に雨粒が触れると、一瞬だけ虹色の光がふわりと広がり、またすぐに淡い色合いへと戻っていきます。
遠くから見上げると、雨の空をゆっくりと降りてくる「雲のイルカの親子」のように見えるでしょう。
ネムリュリウムと、雨の日の子育て

ネムリュカが棲む場所は、雨雲よりも少しだけ高い層。
晴れ間がのぞいた雲のすき間には、小さな保育所「ネムリュリウム」があると伝えられています。
ふだん成体のネムリュカは単独で行動し、それぞれが自分の好きな雲のかたちを見つけては、その上で微睡んでいると言われます。
けれど子育ての時期になると、各地から成体たちがネムリュリウムへと集まり、雲をふかふかの「ふとん」に仕立てて、子どもたちをやさしく包み込むのです。
彩雲とともに現れる誕生の儀式
ネムリュカにまつわる伝承の中でも、特に有名なのが「彩雲」との関わりです。
ごくまれに、空に淡い虹色の雲が浮かぶ瞬間、その彩雲がひときわ色づいた時間帯と、ネムリュカの姿が確認される時刻が重なることがあります。
それは、ネムリュカにとって出産の兆し。
彩雲そのものを「命のゆりかご」と見なし、光の降りそそぐ中で新しい命を迎える、儀式的なひとときなのだと伝えられています。
彩雲の光をたっぷり浴びて生まれた子イルカたちは、その身体に、ほのかな桃色の光彩を宿しています。
雲のくぼみにできる、星雫プール

ネムリュカたちの世界では、大きな親ネムリュカが雲のあいだに身を横たえると、その背中と雲のあいだに、ぽっかりとやわらかなくぼみが生まれます。
雨上がりの空では、そのくぼみに集まった雨水が、溶けかけた虹と星の雫をすこしだけ混ぜ込まれて、「星雫(ほししずく)プール」になると言われています。
水面は深い海のようでいて、雲の白さをうつしてやさしい水色にきらめき、まわりを囲む雲はそのまま、子どもたちのためのふかふかの縁石(えんせき)です。
ピンク色の幼いネムリュカたちは、この星雫プールで泳ぎ方の練習をしたり、水しぶきで小さな虹を作って遊んだりしながら、大きくなっていきます。
夜航綺譚録 ネムリュカの章

観測日時:ある雨の日
観測場所:第7飛行船部隊《ミスティルテイン》・第2観測部屋
記録者:ナオ・カイリ(スカイリレーター)
ある雨の日、第2観測部屋にて風紋解析をしていた時のこと。
観測窓に落ちる雨音が一定のリズムで心をほどいていく。
ゆるやかな眠気がまぶたの裏に溶けていく中、ヘッドセットに聞き慣れない音が混じった。
「ぷぅ……」と泡がゆっくり弾けるような丸く柔らかな音。
「きゅるきゅる……」と金属の糸が細く震えるような、かすかな音。
風の唸りでも、機器のノイズでもない。
訓練で覚えたどのパターンにも当てはまらない未知の響きに、ナオは思わず息を止めた。
彼女は魔道スレートを手繰り寄せ、収音モードに切り替えた。
「レコードリンク起動。距離、推定上層域。……魔素濃度の変化無し。」
自分の声を確かめるように呟きながら、立ち上がったばかりの波形に目を凝らした。
雨のざわめきの帯の端に、小さな丸い脈が浮かんでは消えていく。
その波形から目を離すと、なぜか胸の奥にも同じ脈がやさしく響き、ナオは観測窓の外を見上げた。
霧の幕の奥、
ピンク色の尾びれをゆらゆらと揺らしながら、優しい光をまとって、楽しげに泳ぐ数匹の雨イルカの子どもたち。
降りしきる雨雲が、静かな海のようにうねり、その上をすべるように進んでいく姿は、
見ているこちらの心まで、ゆっくりほどけていくようだった。
そして、その先頭には、しっとりとした雨雲色の、大きな体をもつ親イルカの姿。
彼らは雲の上から地上を見下ろしながら、子どもたちに空の道を教える「お散歩授業」をしていたのだ。
「信じられない。こんな優しい幻獣が空を泳いでいたなんて……」
その時、まっさきに浮かんだのは副官センリ・カグラの顔だった。
「センリさんに見せたい。ううん……一緒に見たいな。」
そう思った瞬間に、腰のホルダーに下げた通信魔石に反射的に指が触れる。
けれど術式を展開しかけた指は、途中でぴたりと止まった。
「今は、センリさん仮眠中だっけ。」
我に返りながら、胸の奥にくすぐったいような後ろめたさが広がった。
任務中に緊急事態でもないのに起こすには、あまりにも個人的でやさしい光景だった。
ナオはスレートの収音を止め、観測帳を開き、ネムリュカの姿を描き写した。
窓の向こうでは、ネムリュカの群れが進路を変え、雨雲の海の向こうへゆっくり消えていった。
「早く、センリさんに伝えたいな。『ナオ、よう見つけたな。やっぱり君は、俺の見込んだスカイリレーターやな。』なんて褒めてくれたりして……」
そんなことを思いながら、ナオは観測帳にネムリュカの尾ビレを描き足した。
いつか、空が今より少しだけ平和になったら。
魔物でも敵国飛行船でもなく、こんな幻獣たちを追いかけて図鑑を作って生きていけたなら。
そして、そのページをめくる隣に彼がいてくれたら。
雨音の余韻の中で、ナオはそっと観測帳を閉じた。
ネムリュカが寄り添ってくれる心の時間
雨の日の、少しだけ疲れた日に

雨の音を聞いていると、なんとなく心までしっとりしてしまう日があります。
「今日もちゃんとできたかな」
「さっきのあの一言、よくなかったかもしれない」
そんなふうに一日を何度も巻き戻してしまう人のもとへ、
ネムリュカはそっと降りてきます。
雲の上から地上を見下ろしながら、子どもたちを連れて「お散歩授業」をするネムリュカ。
ふわりふわりと泳ぎながら、雨にぬれた町の光や、静かに灯る窓辺を、子イルカたちに見せてまわります。
「ほら、今日もちゃんとがんばった人たちがいるよ」
そんなふうに教えるように、柔らかな色の尾びれが、雨粒の向こうで小さく揺れています。
ネムリュカたちが通り過ぎた空の下は、その夜だけの、やさしい眠りの魔法がかかるのです。
今日のあなたへの、ちいさな提案

ネムリュカを思い出した夜は、こんなふうに過ごしてみませんか?
- 「やれなかったこと」ではなく、「今日できたこと」をひとつだけ心の中で挙げてみる
- それがどんなに小さなことでも、「よくやったね」と心の中で声をかけてあげる
- そのあとで、深呼吸をゆっくり三回。
そして、あたたかいお布団にくるまって、ゆっくりと眠りの世界へ。
おやすみなさい。

