
夜語りは、ノアリスの胸に浮かんだ景色や、記憶の断片、
そして忘れられない夢を静かに綴る、小さな夜の部屋です。
飛行船が消えた空

飛行船に向かって手を振っていた。
いつから飛行船が好きだったんだろう。
最近は空をいくら探しても飛行船の姿は見当たらないなあ。
それがわたしには、とてもさみしいことに思えてしまう。
子どもの頃は、何度も飛行船が空に浮かんでいる姿を見た。
学校の校庭から、おばあちゃんについて行った畑から、ふと空を見上げると大きな風船のように空を進む飛行船が見えた。
ある時はビールの名前であったり、生命保険会社の名前が書かれた飛行船を必死で追いかけた。
けれどもう15年以上、私の住む地域では飛行船を見る機会を得られていない。
飛行機ほど洗練されていないし、気球のように生身の体で空を間近に感じることもできない。
それでもわたしは飛行船に、どうしようもなく惹かれてしまう。
空を静かに滑る飛行船。
優雅でいて、どこかユーモラスな船体。
乗り物だけど、船体自体が意思のある生き物のような雰囲気で、物語の始まりのような高揚感をいつだって与えてくれた。
大きなクジラが空を泳いでいるような、
あるいは潜水艦が深海をゆっくりと探索するように進む飛行船。
子ども心にあんな素敵な乗り物を操縦する人は、とんでもなく賢い人なんだろうと羨望の眼差しで、地上から飛行船に向かって手を振っていた。
実際のところ、飛行船の現役パイロットは宇宙飛行士の数よりも少ないらしい。
優雅に空を航行する飛行船の印象とは裏腹に、その操縦は複雑で、独特で体得するのに相当な努力と知識が必要なのだろう。
そしてあの独特の形状の飛行船がどういう経緯で誕生したんだろう。
どうしてあの形でなくてはならなかったんだろう?
いろんな疑問はあるけれど、飛行船のことを教えてもらえる機会はそうそう無い。
とりあえず図書館で飛行船の本を借りて読み始めた。
その本の中で、とてもすてきな人物に出会った。
それは飛行船の父、ツェッペリン伯爵だ。
七転び八起き ツェッペリン伯爵の飛行船

飛行船への愛が満ちていた。
遊覧飛行に用いられる近代的な飛行船「ツェッペリン NT」
飛行船といえば、ツェッペリン。ツェッペリンと言えば飛行船。
伯爵の名前は、今や飛行船そのものになっている。
現在もツェッペリン NTは、ドイツのボーデン湖畔周辺で観光飛行が運行中で、私も乗りたくてたまらない飛行船だ🥺
かつてボーデン湖畔で、度重なる失敗から不屈の精神で立ち上がりツェッペリン NTの礎を築いたのが《ツェッペリン伯爵》だった。
彼はドイツ人だけど、若き日の軍人時代にアメリカの南北戦争を視察した際に、軍用の気球に搭乗する機会があったようで、その時に空に恋をしてしまったみたい。
アメリカの南北戦争といえば、わたしの大好きな物語が2つある。
北部視点の作品が《若草物語》で、南部視点の物語が《風と共に去りぬ》だ。
ジョーが物語を紡ぎ、スカーレットがたくましく駆け抜けたあの時代に、ツェッペリン伯爵は空への憧れを胸に灯し続けていたのか…。
それから飛行船は、やがて軍用に登用される時代もあるのだけど、飛行船を造った人もまた軍人だったというのも印象深いと思う。
地上戦を知ってる者ほど、空への可能性を痛感するからだろうか。
でもなんとなく、伯爵は純粋な憧れの気持ちから飛行船を造っていたような気がする。
ツェッペリン伯爵は、50代で退役し、それから私財を投げ打って飛行船を製造する会社を始めたというから驚きだ。
あの頃の50代は今よりもっと年齢のハードルは高いはずなのになあ。
人生の後半に差し掛かり、伯爵としての立場も名声もかなぐり捨てて、変人と言われても夢を追いかけたツェッペリン伯爵。
ある時は、資金が底をついて、奥さんの所有する土地まで抵当にいれたみたい😇
ある時は、やっと完成した飛行船が風に煽られ故障し、修理したのに数日後、嵐によって完全に破壊された。
またある時は会心の出来だった飛行船が、静電気の火花が水素ガスに引火し炎上した。
言葉にすると数行の出来事だけど、自分がもしツェッペリン伯爵だったらどうだろう。
従業員を抱え、老体に鞭をうち全身全霊で造ってきた飛行船が何度も壊れる様を、目の前で見てもなお立ち上がり、次の飛行船を造ることをあきらめなかった伯爵。
飛行船の失敗は巨大な船体である以上、否応なく周囲の視線に晒された。
狂人、変人と言われ、笑われた伯爵。
もはや取り憑かれているのか、必ず飛ぶことを確信していて、それを証明することが生きることの全てになっていたのかもしれない。
奥様や家族はどんな心持ちで彼のそばにいたのだろう?
奥様視点のツェッペリン伯爵の人生を考えると、胃が痛くなるような波瀾万丈の連続だ。
しかも、本来伯爵で地位も財産もあって穏やかに生きていくこともできたはずなのに。
「あなた!家族と飛行船どっちが大切なの!!」なんてセリフは日常茶飯事だったのかな。
それとも奥様も飛行船が大好きで、格納庫で奮闘する伯爵や技師たちにサンドイッチの差し入れをして、一緒に夢を追いかけていたのだろうか。
いや…そんなはずないか…😇
家族の財産も飛行船に投じ、失敗し何度も資産を燃やした伯爵の奥様や家族。
きっと社交界においても肩身の狭い思いをしていたかもしれない。
けれどツェッペリン伯爵の空の覇権をかけたフロンティアスピリットは、やがてドイツ国民全体の夢に変わっていった。
本気で何かを造りたい。
時代を変えたいと願い、挑戦し続けることの底力を誰も無視することはできないんだ。
バカなことしてると笑っていた人たちも、いつしか彼らを応援して、自分もその夢を一緒に追いかけていきたくなってしまう。
飛行船に乗せた夢や思いが100年以上の時を超えてなお、私たちの胸を熱くする。
130年前にドイツの湖畔で必死に夢を追いかけた人たちがいた。
その人たちのおかげでわたしは飛行船が好きになった。
ネバーギブアップの精神を乗せて飛んでいるツェッペリン NTに会いに行きたい。
必ず、人生の中でボーデン湖畔に赴き、ツェッペリン NTに搭乗するんだ。
ゴンドラのステップを登る瞬間、わたしは心の中で彼らに小さく敬礼して、こう言うのだ。
「伯爵、今日はあなたの船にお邪魔させてもらいますね。」
その瞬間が今からとても待ち遠しい。
そして願わくば日本の空にも、飛行船が帰ってきてくれますように✨
参考文献 交通ブックス308 飛行船の歴史と技術 牧野 光雄
ノアリスのデスクは飛行船の格納庫
ノアリスのデスクではいくつかの飛行船プロジェクトが進行中だ。
ノクターン幻獣図鑑のコーナーでは、幻獣を観測する登場人物の中に、飛行船部隊所属のクルーがいる。
彼らは今日もはるか上空でミスリル塗装が施された第7飛行船 ミスティルテイン号に乗り込んで、空の安全を守っている。
また夜な夜な慣れない刺繍ソフトをいじくり回し、刺繍ミシンにデータを送り、自分だけの飛行船をランチョンマットやトートバッグに飛ばしている。
これもまた失敗の連続で、刺繍ミシンの糸が絡まり全てが無に帰すことも日常茶飯事。
そんな時、わたしは想像する。
湖畔近くの格納庫で、仲間たちと飛行船を造っているのだ。
机の上には、ボツになった設計図の山。
お揃いのツナギ服を着て、顔も手も機械油で汚れている。
ボードに貼り出した新たな設計図を見ながら、技師が声を荒げる。
「だから、ここは並列につなぐに決まってますってば!!」
「でも既成概念に捉われてばかりじゃおもしろくない!馬力だよ!馬力こそ正義!」
「わっかんない人だなあ!!」
真っ赤な顔で白熱した議論は続く。みんな飛行船が好きでたまらないのだ。
いつしか夜の帳がおり湖畔から涼しい風が流れ込み、仲間たちのほてった頬をなでる。
さて、またここから冒険を始めますか。

プロジェクト進行中
最後までお読みいただきありがとうございます。
また次の夜に、この場所で。
おやすみなさい🌙
